【情報】人生のターニングポイントとは① (リゾートバイト編)

【情報】人生のターニングポイントとは① (リゾートバイト編)

あなたのターニングポイントとは?

スノーボード (リゾートバイト)との出会い

あなたには人生のターニングポイントはありますか?
幸いにも、私には幾つかのターニングポイントがありました。

 

私は今でこそポンコツ界を代表して海外赴任となりましたが、元々英語も話せなかったですし、そもそも海外にも興味が全くありませんでした。高校生の時に、初めて受けたTOEICのテストも555点と、中途半端なポンコツでした。リーディングの後半は、全て勘で色を塗りつぶす作業ゲームでした。

 

では、そんな私がなぜ海外に興味を持つようになったのか。
そんな私のターニングポイントは大学1年生にまで遡ります。

  

私の大学1年生は、特にサークルなどもせず、バイトや賭けボーリングや友達とダラダラ過ごし、何の目的も無く生きる、そんな怠惰な日々でした。1年の冬に友達と一緒にスノボーのリゾートバイトを申し込んだのが全ての始まりでした。

 

そんな私が選んだのは、長野県の栂池高原にあるホテルでのバイトでした。3当番制になっており、空き時間でゲレンデでスノボーをするというのが基本的な流れでした。業務内容と給与は以下の感じでした。

  • 午前中 (06:00〜11:00):朝食の準備・部屋清掃 = 3,000円
  • 昼食 (11:00〜14:00) :昼食の準備・対応 = 2,000円
  • 夜ご飯 (16:00〜20:00):夜食の準備 = 3,000円

  

【栂池のゲレンデ】

 

個人的には午前の清掃が一番大変でした。基本、宿泊客の多くはスノボーサークルや若者の集団なので、チェックアウト時の部屋は卑猥な感じになります。しかもチェックアウトまでの時間も限られている中で大量の客室を綺麗にする必要があり、かなり大変でした。

 

この時にストレスから内輪でハマっていたのが、ゲレンデにいるスノボーサークルの集団の前で中途半端なグラトリ(※)を決めるという、意味のわからない別種のマスターベーションでした。本当に調子に乗っていたと思います。
グラトリグラウンドトリック)とは、平らな雪面で繰り出すトリック全般のことを指します。

 

これを2倍下手くそにしたらポンコツ

 

一方で肝心のアルバイトでは、最初の数日間は皆さん初対面なので互いの実力値を探っている状態にも関わらず、私は勤務2日目ぐらいで何十個もある業務用の卵を冷蔵庫の中で割ってしまい、ここでも一応ポンコツぶりを発揮していました。

 

特に卵が割れたことを隠し通そうとしたのがバレた時の、「こいつは仕事任せちゃだめなやつだ」といった空気感は今でも忘れないです。(私が悪いのですが)

 

ここまでは単なる私が如何にポンコツかということですが、
しかし、私の人生はここから大きく動き出したのです。

 

 

直滑降のエッシーさん・その他との出逢い

直滑降のエッシーさんの前に、リゾートバイトで働く人々について説明します。

  

私は大学1・2年の冬休みと春休みを全て、栂池や赤倉や竜王などでのリゾートバイトに捧げてきました。そんな私の経験から、リゾートバイトで働く人は大きく3パターンに分類出来ると考えています。

 

  1. ポンコツのようなスノボーが好きな若手
  2. 農家の若手の方 (冬場限定でホテル関連の出稼ぎ)
  3. 40代以降の人々 (フリーターでリゾートバイトを転々)

 

この栂池でのリゾートバイトは全体で10〜15名で、ほとんどが②の20代後半の農家の方であり、ポンコツはこの人らの中に上手いこと溶け込んでいく必要がありました。

 

幸いにもみんなと雑魚寝での相部屋だったことに加え、19歳と若く + 上記のポンコツエピソード(卵隠し)もイジってもらいながら良いポジションをキープすることが出来ました。

 

そんな人たちと働く中で、私は直滑降のエッシーさん+その他と出会ったのです。

 

エッシーさんは、40歳前後の非常にアクセントの強い日本語を話すハゲのエジプト人、兼ホテルの料理長でした。「コレソコ二オイトク、ポンコツチガウソコチガウ」といった感じで、配膳の際の仕事の指示は理解しづらく初見で非常に困ったのを覚えています。

 

料理長のポンコツな日本語の指示に感化されたわけでも、ハゲに感化されたわけでもありません。ただ、このエッシーさんが、人生で初めて私が仲良くなった外国人だったのでした。

 

ちなみに何故、直滑降のエッシーさんかというと…エッシーさんも年に数回ゲレンデで滑るのですが、カーブを一切描くこと無く、タオパイパイのように直滑降で滑ることからこのあだ名が付いたとのこと。

 

 

いつもリゾートバイトの人たちと夜はワイワイ談笑するのですが、ある日、料理長のエッシーさんと話す機会が出来たのです。普段は市内に家庭を持っているので、直帰のエッシーさんだったので、非常に珍しい機会でした。

 

その日、エッシーさんから語られたのはエジプトや中東紛争の話でした。私が初めて日本以外の世界を知った瞬間でした。周りにいた人の多くが世界一周やバックパッカーを経験していたこともあり、驚く私にみなが口を揃えて「海外には一度行くべき」だと言っていたことが印象に残っています。

 

人によっては只の与太話かもしれませんが、私にとっては確実に人生が変わった瞬間でした。エロサイトの検索がパソコン用途の9割を占めていたこの私が、海外のことを調べ始めたのです。そういった意味でもパソコンの使い方も大きく変わりました。

 

海外に興味を持った私は春休みのリゾバを終えると、すぐにクレイジーな行動力で、親に学資保険を使わせてほしいとお願いし、大学2年時に大学の夏季交換留学に申し込みました。試験は面接試験のみで、人生で初めて英語でコミュニケーションした瞬間でした。

 

当然、 見事に準備不足で会話が成り立たず、速攻で落ちたのも良き思い出です。「アイムアイム、マイネーム、うーん、スタディイングリッシュ?」とか分けの分からないをほざいていたと思います。 

 


悔しかった私は、なぜかヨハンナ・シュピリの「アルプスのハイジ」に会いに行くと決め、夏休みにスイス・初海外1人旅(2週間)を計画したのでした。スイスへの道中の機内で会ったインド人夫妻がまた私の人生を大きく変えることになるのは露知らず、それはまたあとのお話で。

 

私の場合は「この栂池での経験が海外に踏み出すキッカケになった」と断言できます。もし仮に私がリゾートバイトをしていなければ、また栂池を選んでいなければ、もし料理長がハゲのエジプト人でなかったら、どれか1つでも欠けていると、今の私はいないと思います。

  

今でこそ、新しい人と関係性を構築するのが億劫になってきたポンコツですが、当時の行動力あるポンコツ自分には感謝しています。おかげで今の私があると。

 

スティーブ・ジョブズの言葉を借りると、「Connecting Dot」。
今振り返るとこれらの一つ一つの出来事(点)を繋げることで、今の海外営業・海外駐在(線)に繋がっていたのだなと思います。

 

改めて聞きます。

 

あなたにの人生におけるターニングポイントは、どこですか?

 

 

 

番外編① ポンコツモテエピソード

数少ないモテエピソードですが、栂池で籠もっていた時に仲の良い5人(男3:女2)で年越しをすることになりました。場所もないので、栂池の居酒屋で皆でワイワイと飲んでいました。女性は25歳のアキホ(仮名)さんとB子さんであり、二人はOLと看護師でしたが、冬休みの長期期間を利用してバイト + スノボをしに来ていたのでした。 

 

少しお酒が進むとアキホさんはヘベレケ酔い出し、ポンコツをヒヨコと呼び始めました。1時間もすると、アキホさんに外に呼び出されました。そこでアキホさんの口からとんでもない言葉が…
 

 

番外編② 同居人 田倉さん(73歳)

赤倉温泉のゲレンデにいた時も部屋は相部屋でした。そこは雑魚寝形式ではなく、2段ベットが両脇に2つずつある部屋で、私は定年上がりのおじいちゃん田倉さんと一緒に過ごしていました。

  

毎朝、田倉さんは店へ皿洗いに、私はゲレンデの小店に働きに出ておりました。自分の祖父とも年が近く、向こうも孫と同世代ということで絶妙な距離感で仲良くしていたのですが…

 

基本部屋では白タイツを履いている田倉さんですが、ある日、朝起きると田倉さんは白タイツの股間部が血まみれになっていました。昨日までの心強かった田倉さんとそれに従う孫ポンコツは、またたく間に「アバババ」と慌てふためくポンコツ田倉と純粋ポンコツに変わってしまいました。

 

結局、病院に田倉さんは行き大事は無かったのですが、アルバイトから戻ると田倉さんの姿はありませんでした。田倉さんの置き手紙が残されており、ポンコツとの思い出が、温かい言葉で書き残されていました。

 

結局、病院に田倉さんは行くことになり、大事を取り留めましたが、あれから十数年、田倉さん今も元気でしょうか?